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キネマの神様

6年1学期最後のテスト。試験会場としてお借りした私学の講堂には、ほぼ出席率100%、200組近い保護者が集まった。
夏期講習中の諸注意と各教科の学習のポイントを伝える3時間近い保護者会のあと、試験を終えた生徒たちを講堂に集め、担当教師全員が生徒と保護者に「勝負の夏」に向けてのメッセージを熱く語る。生徒たちは真剣に耳を傾けてくれたし、思わずハンカチで目頭を押さえる保護者もいた。
どんなに熱いメッセージを受け取っても、それで成績がぐんぐん伸びるわけではないし、そもそもは「たかが中学受験」、志望校に合格したからといって輝かしい人生が保証されるわけでもない。
でも、わずか数分のスピーチや、1枚の絵や1本の映画が、人の心を揺さぶり、ときには世界をも変えていく可能性を秘めている。同僚教師たちのスピーチを聞きながら、私は、そんな「青臭い」想いを素晴らしい作品に昇華させた、ある小説の一節を反芻していた。
その小説の登場人物は名画『フィールド・オブ・ドリームス』についてこう語る。「本作は、人生においてもっとも大切なことを控えめに諭してくれています。つまり、こんなことはたいしたことじゃない、またやり直せる、あるいはまたいつでもできる、と思うようなささやかなできごとが、実は人生を左右する大きなできごとになるのだ、と」(原田マハ『キネマの神様』文春文庫)。
受験勉強なんて、長い人生のなかでは「たいしたことじゃない」。失敗したって、高校受験・大学受験と何度でもやり直せる。でも、小学6年生のとき、暑苦しいまでに熱く「最後まで諦めない!」と語ってくれたオジサンの一言が、受験の成否以上に、彼らの人生を左右するかも知れない。何十年か経って、仕事に行き詰まり、家族関係に悩み、絶望の淵に立たされたときに、あの夏の日に聞いた言葉を思い出し、勇気を奮い立たせてくれることがあるかも知れない。
そう信じているからこそ、我々は、人生の中ではほんの一コマに過ぎないけれど、果てし無く続くかのように長い夏期講習に、「一瞬一瞬、全力投球」で立ち向かっていくのだ。