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何度でも どこからでも やり直せる

以前、ブログにも書きましたが、最近私はNHKのあるテレビ番組にハマっています。
『あまちゃん』はもちろん毎日欠かさず観ていますが、心の底から「スゲ~」と思える番組。それが『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK総合 月曜22時~)です。

5月13日放送の第200回は、脳卒中などで重い後遺症を抱えた患者さんのリハビリを専門とする酒向正春さんのお話でした。
酒向先生は脳の外科手術を専門とする脳神経外科医でしたが、外科的には完璧に治療しても、その後に重い後遺症を抱えた患者や家族に何もしてあげられない自分の仕事に疑問を感じ始めます。そして、自らの専門である脳の画像分析を活用し、傷ついた脳に残された回復の可能性を見つけ出して、失われた体の機能を回復させるリハビリの専門医として再出発をするのです。

「こんなに患者の気持ちを分かってくれる先生はいない。」
――番組に登場したある患者さんは、こう語ります。

私の父親は、仕事を引退し、ようやく息子(私)や孫と東京でいっしょに暮らすようになったとき、すでに認知症を患っていました。やがて脊椎を痛めて寝たきりになってから、認知症がますます悪化し、しばらく入居した特養(特別養護老人ホーム)でも受入困難と診断され、最後は病院の閉鎖病棟でひとり寂しく息を引き取りました。
仕事が忙しいからとろくに見舞いにも行かなかった自分。たまに面会に行っても、「家に帰りたい」と懸命に手を握る父の姿が辛くて、いつも早々に退散してしまった自分。自分がどんなに親不幸な息子であったかを思い出し、番組を観ながら涙が止まりませんでした。

父の病状は、番組に登場する患者さんたちとはまったく異なるものでしたし、お世話になった特養や病院の方々に不満があるわけではありません(ちなみに父の最期を見取ってくれたのは、偶然にも私の教え子でした)。ただ、
「リハビリは、まさに再出発。おいしいものを食べる、見たい景色を見る、それで自分が生きているということを実感し、新たな人生を送ってもらう。それをサポートするのが私たちの医療です。」
という酒向先生の言葉を聞くと、自分も家族もあのときは何一つ、こうした「前向き」な考え方をできなかった、父の気持ちをかけらほども慮ろうとはしなかった、そのことが無念に思えてならないのです。

『イブニング』という雑誌に『さよなら タマちゃん』というマンガが連載されています。筆者である「漫画家の卵」が前立腺ガンという病気と闘う「実話」マンガです。主人公は辛い抗ガン剤治療の甲斐あって快復に向かうのですが、抗ガン剤の副作用で手の末梢神経に障害が生じ、彼にとっての生きがいであったマンガが描けなくなってしまいます。でも彼は、奥さんの懸命な励ましにこたえ、動かない手を懸命に動かして、絵を描きます。
「命の代わりに失くしたものは たいして重要なものではない
 僕は生きてる
 何度でも
 どこからでも
やり直せる」

 どんなに辛くても、「勇気」があれば、どこからでもやり直せる。
 でもその「勇気」は、決して自分一人だけで奮い立たせることができるものではない。
 そんなとき、支えてくれる「家族」と、そして「プロフェッショナル」の存在が必要になる。

酒向先生は番組の最後で、「情熱」と「使命感」こそが「プロフェッショナル」の条件であると語ります。
君たちが直面している「逆境」は、たかだか「分数の計算ができない」とか「理科が覚えられない」とか「宿題が終わらない」といった程度であり、重い後遺症に苦しむ脳梗塞の患者さんたちとは同列には語れないでしょう。でもそれが、君たちにとっては人生ではじめて経験する大切な「試練」であり、乗り越えるべき「逆境」であることもまた確かです。
だから私たちも、常に「情熱」と「使命感」をもってあらゆる困難に立ち向かう「プロフェッショナル」であり続けなければならない――あらためて心にそう刻みたいと思います。