啓明舎(けいめいしゃ)|難関中学受験名門/受験って、そんなに「病んだ」世界なの?

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受験って、そんなに「病んだ」世界なの?

先週始まった『島の先生』というドラマの第1回を観ました(NHK総合土曜午後9時~)。

私はここ数年「離島大好き人間」になってしまい、休みがとれるたびに(といっても年に1~2回ですが)一人で島に飛び、プールサイドで昼寝をしたり、泡盛を飲みながら本を読んだりしているので、このドラマも、ロケ地である奄美群島の「風」や「匂い」や時間の流れを感じ、「いいなあ、離島。こんなところで2週間くらいのんびりしたいなあ・・」と思いながら観ていました。

ドラマの舞台は離島の小さな学校。この島では過疎対策の一環として、いじめや不登校などの問題を抱えた子どもを里親として預かり、島の学校に通わせる試みをしています。その学校の先生を演じるのが仲間由紀恵さん。
第1話では、不登校児「悠哉」が母親に連れられて東京からやってきます。悠哉は中学受験目指して塾に通っていたのですが、次第に成績が下がり、結局受けた学校すべてが不合格。中学進学後、「死ね」「バカ」と教科書に落書きされ、嫌がらせのメールが頻繁に届くようになり、学校に行けなくなってしまうという話なのですが、とにかくこの(田中美里さんの演じる)母親が「最低最悪」。
他人の前では「よい母親」を演じているが、実は成績がよくて快活な悠哉の弟(実は悠哉イジメの犯人)を溺愛し、受験に失敗してウジウジと家にこもる悠哉を疎ましく思っている。悠哉が大切に握りしめていた「お守り」は、以前テストで満点をとったときに母親が首にかけてくれたメダル(つまり「出来のよい息子」として愛されていたころの母親の思い出)なのだが、母親は「世間体」ばかりを気にしていて、そんな悠哉の気持ちをまったく理解しようとしない。まあ、ドラマによく登場しそうな、あまりにもステロタイプな「お受験ママ」なわけです。

このドラマは、いろいろな原因で病んでいる(親)子を、あたたかく迎え入れ、癒してくれる「保健室」としての島を描こうとしているらしいので、まさに代表的な「患者」であるお受験ママがステロタイプに描かれるのは仕方ないことなのかもしれません。
でも私の知る限り、「中学受験」をする親子や進学塾がドラマに登場するときは、ほとんどこんな「ステロタイプ」じゃないでしょうか。
成績優秀な子はたいていクソ生意気な口をきき、「取り巻き」を引き連れて他の子をいじめる、その母親は超カンジが悪くてPTAの役員をつとめるウルサ型で、みたいな。
そういう子どもや母親が現実にはまったく存在しないとは言わないけれど、いくらなんでも描き方が一方的で一面的すぎないでしょうか。
まるで時代劇に登場する悪代官がきまって「越後屋、お主も悪よのぉ。ふっふっふっ」とつぶやくのと同じくらいに紋切り型で、観ていてちょっとうんざりします。

他方、母親側弁護人の方々からは、塾が「悪代官」扱いされます。これまであたたかい親子関係を築いてきたのに、誰もがうらやむ自慢の我が子・自慢の我が家だったのに、我が子のためによかれと思って塾に通わせ始めたら、テストの順位だの偏差値だのに振り回され、ついつい「なんなの、この成績は!」などと口走るようになり、いつしか気持ちに余裕がもてなくなる、子どもの表情は暗くなる、「どうせボクなんか」と自暴自棄になる・・・。ああ塾なんかに通わせなければよかった、受験なんかさせたせいで家族がめちゃくちゃになった・・・女性週刊誌なんかにときどき書いてありませんか、こんな話?

受験勉強は確かに「競争」という側面をもっていますから、子どもにとっても親にとってもストレスの原因になることは否定しません。よい成績をとれば褒めてあげたくなるし、宿題をやってなければ叱る。あげくのはてに志望校に合格できなければ、やっぱり親子そろって落ち込むでしょう。でも、だったら、すべての競争や試練やストレスの原因から我が子を隔離しますか? いっそのこと、家族で離島にわたってのんびり過ごしますか?

かつて、学校からすべての競争や差別を排除しようということで、徒競走は全員で手をつないでゴールする、点数をつける競技はいっさい行わない、テストの順位もつけないなどという教育論が横行しましたが、そんなふうに育てられた子どもたちの将来に対して、誰が責任をとるつもりだったのでしょうか。「みんなで手をつなごう」などと呑気に呼びかけているうちに、この国はどんどん国際社会の中で取り残されつつあるのではないでしょうか。

競争は不可避だと思いますが、他方で私たちは生徒を成績で差別したり、「優等生」とか「エリート」などとレッテル貼りをしたりすることが大嫌いです。成績がいいからといって、他の子を馬鹿にするような発言には、烈火のごとく怒ります。お互いにしのぎを削って、目標に向かって努力することを通して、他人に対する思いやりや友情が芽生えてくるのだと、本気で信じているからです。そして子どもたちにも保護者にも、いつもそう語り続けています。
いろんな生徒、いろんな保護者がいますから、全員が私たちとまったく同じ思いだとまではい言いませんが、少なくとも「偏差値の高い学校に合格させることよりも、大切なことがある」という指導理念は理解して頂いていると思いますし、生徒たちはみな、塾に来ることが大好きで、教室内は笑顔であふれかえっています。

もちろん成績が下がって塞ぎ込むことも、努力しても報われない現実の厳しさを味わうことも、親子関係が険悪になることもあるでしょう。でも、それって受験の世界だけの話、進学塾だけの出来事なのでしょうか? 子どもが成長し、いずれは親離れをしていく。その過程において必然的に起こる一時的な「成長の病」という側面をもっているのではないでしょうか。

受験競争にネガティブな側面があることは否定しません。親も子もいろんなストレスをかかえ、辛い思いをすることもあるでしょう。でも、学校より塾のほうが大好きで、私たちの話に真剣に耳を傾け、志望校目指して懸命に努力し、そして受験を通して大きく成長していく子どもたちのほうが圧倒的に多数です。
そうした「実態」をちゃんと見つめて、成績はいいけどめちゃくちゃ素直で可愛い受験生や、全然病んでいない素敵なお受験ママや、「悪代官」じゃないかっこいい塾教師(笑)を描いてくれるドラマが1本くらいあってもいいんじゃないかなと思う、今日この頃なのです。