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魔法の呪文を唱えよう!!

皆さんは「ボリウッド映画」を知っていますか?
「ボリウッド」とはインド北部のムンバイでつくられた映画を総称したもので、ムンバイの旧称「ボンベイ」と「ハリウッド」をくっつけた造語。いまや年間製作本数・観客動員数で世界のトップクラスを走る一大映画産業であり、日本でも大ヒットした『スラムドッグ$ミリオネア』も、イギリス映画ですが、ボリウッドの協力を得て製作されたものです。
そのボリウッド映画のなかでも歴代興行収入No.1を記録した『きっと、うまくいく』を、夏期講習明けの休みを利用して観てきました。

『きっと、うまくいく』の原題は『3 idiots』(『三馬鹿トリオ』とでも訳せばよいのでしょうか)。
世界を席巻する「IT大国」インドの超エリート養成機関である「インド工科大学」に入学した3人の若者(馬鹿者?)たちの「青春グラフィティ」なのですが、全編にドリフターズ調の(お下品な)コントをこれでもかと言わんばかりに詰め込み、もちろんインド映画の「お約束」である「突然、登場人物全員が歌って踊りだすミュージカルシーン」もたっぷり。その上で、社会や教育や人生について真剣に考えさせられ、そして最後に思いっきり「元気」をもらえるという、満足度200%の大傑作です。170分に及ぶ長編なのですが、最後まで退屈することはなく、しかもたまたま鑑賞した日は特別料金で入場料がたったの1000円!! 「映画って本当にいいなあ」「やっぱり劇場で観なきゃ、ダメだよなあ」と、心から感動しました。こんな経験は『サマーウォーズ』以来だと思います。

基本的にはめちゃくちゃ明るい映画なのですが、登場人物である「3人の馬鹿者」が置かれている状況はかなり悲惨です。ファルハーンは動物が大好きで、動物写真家になりたいという夢を持っているのですが、生後2日目に『この子はエンジニアにする』と父親に厳命され、「自分の意見なんて生まれてこのかた聞いてもらえたことがないのさ」とひねくれているイジケ虫。ラージューは家族の期待を一身に担って入学したのですが、とにかく気が弱くて、なんでもかんでも神頼み。身体じゅうに「お守り」をつけているダメ男です。ちなみに2人とも成績は最下位。卒業し、就職して「超エリート」の道を歩むどころか、進級することすら危うい有り様なのです。
2人が入学早々、学生寮の先輩たちに手荒い歓迎(というかイジメ)を受けているところに登場するのが、主人公のランチョー。ランチョーは権威や規則に縛られない自由人で、持ち前の機転を利かせて、意地悪な先輩や頭の堅い教授や鬼のように厳しい学長をきりきり舞いさせ、さまざまな苦境を乗り越えていきます。そして最後は首席で卒業するのですが、実は彼は学校に通うことすらできない最下層の出身で、卒業後はなぜか、友人にも恋人にも行く先を告げることなく、ぷっつりと行方をくらませてしまいます。
物語は、10年後に再会したファルハーンとラージューが行方不明のランチョーを探す旅と、破天荒な学生時代の思い出が同時並行的に進んでいきます。

これ以上書くと「ネタバレ」になるし、残念なから小学生の皆さんにオススメするとご両親からお怒りの言葉を頂戴しそうな内容を含む映画なので、これ以上は書きません。ただ、映画の内容を書かなければ、私の思いも感動もちゃんと伝わらないだろう……そんなもどかしさを感じながら、でもあえて、この映画から学んだことを三つ、お伝えしたいと思います。

一つめは、「自分の夢を追い求めることの大切さ」
「僕は動物写真家になりたいんだ」と告白したファルハーンに向かって、父親は「わしはお前が工科大学に通っていることが誇りだった。いまさら写真家になるなんて、世間がなんというか……」と嘆きます。しかし、生まれて初めて父親に反旗を翻したファルハーンは言います。「ボクの部屋にだけクーラーをつけてくれたのは父さんだ。ボクをここまで育ててくれたのも父さんだ。だから誰がなんと言おうと、これからどんなに貧しい暮らしが待っていようと、父さんがわかってくれればそれでいいんだ」
実は「三馬鹿トリオ」の不倶戴天の敵である鬼学長の息子も、本当は文学の世界に進みたかったのに、父親が「エンジニアになれ」と強要したせいで自殺してしまったということが、物語の進行のなかで暴露されます。その背景には、我々には想像もつかないくらいに厳格なインドの「階級社会」が存在します。下層階級に属する貧しい者は何世代たっても貧しいまま。身分(階級)が違えば、結婚することもできないのが当たり前の社会であり、そこから抜け出して社会的に成功するには「エンジニアか医者」になるしかありません。
私も一児の父ですから、「父親」の思いも痛いほどわかります。私の父も極貧の家に生まれ、他の家に養子としてもらわれていき、大学に行くこともできなかった人間なので、父が私に託した思いも、今になってみれば、痛いほどわかります。
「親の思い」と「子の思い」、それぞれの「重さ」を秤にかけると、やっぱり「自分の選んだ道を歩け」というべきなのだと思いました。だって、失敗して後悔するより、挑戦することを諦めて後悔するほうが、ずっと辛いはずですから。

二つめは、「学べることのありがたさ」
インドでは「九九」ではなく「19×19」まで覚えさせる、日本の教育水準は他国に比べて危機的な水準にあり、このままでは「教育後進国」に成り下がってしまうといった警告が最近、よく発せられます。それと同時に、「受験戦争」の弊害とか「教育格差社会」の問題とか、それに伴うイジメとか学級崩壊とか、いろいろなことが語られます。どの国と比較される場合でも、日本の教育のマイナス要素ばかりが強調される機会が多いように思います。
でも、インドでちゃんと学校教育を享受できるのはごく一握りの人たちであり、そのなかでまた過酷な競争があり、「超エリート」の陰には、落ちこぼれていく学生や、それを苦にして自殺する若者が大勢いる。それは他のアジア諸国でも同じだし、固定的な階級社会・格差社会という点では「欧米諸国」も全く同じです。
日本が完全に機会均等な平等社会だとはいいませんが、ほぼ全員が高校に通い、しかも首都圏の小学生に関しては、驚くほど多くの子どもたちが塾に通い、中学受験にチャレンジするチャンスを与えられている。志望校に合格すれば、必ず社会的な成功と幸せな未来が保証されるわけではないけれど、でも「勉強する場所と時間が保証されており、しっかり勉強すれば自分で自分の人生を切り開いていくことができる」という点に関しては、日本は世界に類をみないほど「平等」な社会です。
もちろん「塾に行って勉強するより、僕はサッカーの選手になりたいんだ」……それもひとつの決断でしょう。でも、まだ自分の進むべき道が決まっていないのならば、ちゃんと勉強しなさい。勉強できることのありがたさが、いつかそのうち、いや数年後には身に沁みて理解できるはずです。

そして三つめ。 この映画のタイトル(邦題)となった『きっと、うまくいく』。映画のなかで、主人公たちが絶体絶命のピンチに立たされたとき、「うま~くい~く」(All is well)という「呪文」を唱えます。この「All is well」は映画の主題歌の歌詞にも繰り返し登場します。
「♪鶏には卵の運命はわからない。ちゃんと孵って雛になるか、目玉焼きにされるのか。でも鶏さん、うま~くい~く。羊さんも、うま~くい~く」(うろ覚えですが、こんな歌詞だったと思います)。
世の中、そんなに「うま~くい~く」ことばかりではないことは、皆さんも十分に感じているでしょう。でも、「どうせ無理」と下を向くより、自分の夢を諦めず、自分にチャンスが与えられたことを感謝し、それを支えてくれる両親に感謝し、最後まで「うま~くい~く」と自分に言い聞かせてみてはいかがでしょうか。
呪文を唱えているだけで夢を叶うわけではないけれど、最後まで諦めずに努力を続け、懸命にあがきながら、心のなかで「きっと、うまくいく」と念じる。それが、あらゆる困難を克服し、夢を実現させるために一番必要なものだと思うのです。

受験生の皆さんにとって、これから5か月は本当に厳しい日々が続くと思います。そんなときこそ、「絶対に諦めない」「そうすれば、きっと、うまくいく(All is well)」。そう心に念じて、常に前向きに、自分の選んだ道を歩き続けていきましょう。