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将棋と入試算数、実はそっくり?

プロ棋士vsコンピューター…どちらが賢い?「電王戦」

みなさんは「電王戦」というイベントをご存じですか?

電王戦とは、将棋プロ棋士と、コンピューターの将棋ソフトが5対5で対戦し、「人間とコンピューターのどちらが強いかを決めよう」という大会のこと。2013年大会は3勝1敗1引き分け、2014年は4勝1敗で、いずれもコンピューターの勝利。今年は「5対5」形式の最終決戦だったのですが(来年から対戦方式が変更になる)、ようやくプロ棋士(人間)が3勝2敗で雪辱を果たしました。

将棋の特殊性…羽生名人の「予言」

「人間とコンピューターなら、コンピューターが勝つのは当たり前じゃん」

皆さんなら、ごく自然にそう思うかもしれません。だって人間は、どんなに頭のいい人でも絶対にミスをするけど、コンピューターは間違えないのだから。

でも、実はそんなに簡単な話ではないのです。

将棋によく似た「チェス」というゲームでは、2005年にコンピューターソフトがチェスの世界王者チームを破り、今はもはや「ふつうに戦ったら、基本的に人間はコンピューターに勝てない」ことが「常識」となっています。

しかし、将棋には、チェスとは違い、「奪い取った相手の駒を自分の駒(「手駒」)として使うことができる」という(世界中のさまざまなゲームのなかでも非常に珍しい)ルールがあります。将棋を知らない人には、意味がわからないかもしれませんが、盤面に置いてある駒を動かすだけでなく、好きなときに好きな場所に「手駒」を置くことができる。だから、1つの局面における選択肢が何十倍にも増えるのです。

1つの局面での選択肢が何十通りもあり、それが百回以上繰り返されるわけですから、すべての可能性を計算すると10の220乗(1のあとに0が220個つく数)通りもある。こうなると、どんな高性能のコンピューターでも処理しきれない。

「だから、チェスでは勝てても、将棋では(コンピューターが人間に勝つのは)無理だ」。そう考えられていました。20年前にプロ棋士全員に「コンピューターが人間に勝つのはいつ頃か?」というアンケートに対して、「永久に無理」と答えた人が何人もいました(ちなみに羽生善治名人(当時六冠)は「2015年」と答えています。このあたりからも羽生名人のすごさがわかりますね)。

しかし、実際には、2013年にコンピューターはプロ棋士チームを撃破したのです。

人類の「完敗」…でも、やはり人間同士の戦い

2013年の大会が「衝撃の結果」となったせいか、2014年大会では「対戦する棋士にコンピューターソフトを貸し出し、3か月間、練習と対策を練った上で戦う」ことになりました。このあたりの経緯は、昨年10月にNHKで放映された「棋士vs将棋ソフト激闘5番勝負」という番組をぜひ見てほしいと思います。

何度も将棋ソフトと戦っていれば、コンピューターソフトの「癖」や弱点も見えてきます。「だから今回は人間が有利だろう」と言われていたのですが、結果は人間の1勝4敗。まさに人類の「完敗」でした。

「激闘5番勝負」を見ながら私は、コンピューターソフトの苦手な作戦を発見し、唯一の勝利を収めた豊島将之七段の姿に「カッケ~」と喝采を送り、他方であえて不利と知りながら、本来の自分の将棋の戦法を選んで負けた屋敷伸之九段の表情にも感動を禁じ得ませんでした。

同時に、「絶対に人間には勝てない」と言われていながら、ここまで将棋ソフトを進化させた開発者(プログラマー)たちの苦闘にも、心からの拍手を送りました。

「コンピューターは機械だから人間より強い」のではありません。コンピューターソフトをどのように動かし、どのように改良していくのかを考えたのも、やはり同じ人間なのです。だからこれは「コンピューターvs人間」の戦いであると同時に、「開発者である人間と、プロ棋士である人間との戦い」でもあるのです。

頭の中で何回も試行錯誤…「詰め将棋」の力は「算数力」

私は小学生のころに、将棋を覚えました。父親を相手に、せいぜい月に何回か。他に将棋を指す友だちもいなかったので、将棋の本を読んだり、「詰め将棋」という一種の「クイズ」を解いたりしていただけです。だから全然、強くはありません。大人になってからは、将棋の駒に触ったことすらありません。いまはスマホの無料アプリで、たまに「詰め将棋」の問題を解く程度です。

だから、決して将棋に詳しいわけではないのですが、はっきりと断言できるのは「詰め将棋」を解くときの思考回路は、算数の入試問題を解くときの思考回路と驚くほど似ているということです。

将棋の道場に通っている子どもにも大勢教えたことがありますが、全員、算数の得意な子ばかりでした。ただ「教えた通りの解き方で解くことができる」のではなく、見たことのないような難問を、ものすごい集中力と試行錯誤で解きこなしていく子がいました。中学や高校の将棋大会で大活躍しているのも、ほとんどは「超難関校」の将棋部ばかりです。

詰め将棋でも、算数の難問でも、問題をじっくりと読み、考えられる解法をいくつか選択し、そのうちでダメそうなものを除外し、最終的に一番よいと思われる作戦を選択する。もしその作戦がうまく行かないと判断した場合には、すぐに方向を修正して、別の解法を試してみる。こういう「試行錯誤」を頭のなかで何回も繰り返した結果、正解を導くことができる。

子どものころ、自分でも「詰め将棋」の問題を何問か作ったことがあります。そういう私が、いまは算数の問題を作る仕事をしているわけですから、不思議なものです。その私が言うのだから、(たぶん)間違いありません。「詰め将棋力」は間違いなく「算数力」と非常に近しい関係にあるのです。

ちなみに米長邦雄さんという有名なプロ棋士は、「自分は将棋指しになったけど、兄貴は頭が悪いから東大に行った」と語ったそうです。確かにプロ棋士の集中力や判断力は、私などには到底理解できない、まさに人類の知能の極致としか思えないほど素晴らしい。

でも、将棋ソフトの開発者は、「その上」を目指し、そして実際に「なし遂げた」わけですから、むしろコンピューターがスゴイというより、コンピューターそのものを開発し、そして、さまざまなソフトウェアを開発してきた人間の知能がスゴイのではないかと、私は思います。

入試問題を作る先生との「かけひき」学ぶ…「将棋教室」への野望

将棋にまったく興味のない人にとっては、つまらない話かもしれないので、これ以上、電王戦や将棋について語ることはしません。

ただ、もしみなさんがDSやスマホの「ゲーム」にハマっているのなら、一度でいいから「将棋」の世界に足を踏み入れてほしいと思います(もちろん、チェスでも囲碁でもかまいません)。同じ「ゲーム」でありながら、「面白さ」の質がまったく違うことに気づいてほしいからです。

「詰め将棋」は1人で楽しむ「パズル」ですが、それでも「問題を作った人」との「かけひき」(ここは「ひっかけ」じゃないかなとか、たぶん相手はこんな狙いなんじゃないかなとか、相手の考えを推理すること)があります。2人で対戦する本物の将棋なら、こうした「かけひき」の要素はもっと強くなります。その「かけひき」は、テスト(入試問題)を作る先生との「かけひき」と、とても似ているところがあるのです。

詳しくその理由を説明するには、詰め将棋と算数の問題例を見せて、かなり長々と話をしなければならないので、ここでは断念せざるをえませんが、「(詰め)将棋の強い人は、算数ができるようになる」ということは、断言してもよいのではないかと思っています。

もちろん、「勉強は勉強、ゲームはゲーム(単なる息抜き)」と割り切るのもひとつの考え方でしょう。しかし、もし「ゲームを楽しみながら、算数の力がつく」としたら、ちょっとやってみたくなりませんか?

実は一昔前に、希望者に将棋のルールを教えて、塾の授業の前に「詰め将棋」の問題を解かせたこともあります。ただ、全員が楽しめるわけではないし、時間的な制約もあるので、継続することができませんでした。いまでも月に1回くらい、希望者対象に「将棋教室」を開講したいという野望をもっています。

自分の頭で考える…人間らしく生きるトレーニング

そして、もうひとつ。コンピューターやインターネットの発展によって、世の中はどんどん「便利」になっている(ようにみえる)のですが、それもまた人類の知性の産物であるということを忘れないでください。それを「使う」のも「作る」のも、やっぱり人間であり、みなさんはこれから十数年後、想像もできないほど爆発的に進化しているであろうIT技術を使いこなしていることでしょう。

そうでなければ、おそらくはどんな仕事も成り立たなくなっている、そんな社会がすでに到来しているのです。しかし、そうした技術を開発し、改良し、また使いこなしていくのは、まさに将来の君たちです。

そして、それと同時に「人間だからこそできること」「絶対にコンピューターや人工知能では代用できないもの」を見つけていかなければなりません。そうでなければ、結局は「便利な機械」にすべてを任せるだけで、自分の頭では何も考えたり、判断したり、感じたり、感動したりすることのできない人生を送ることになりかねないからです。

だから、算数の問題を解くことも、受験勉強をすることも、将棋を指すことも、実は自分で自分の人生を選び取っていくための、人間が人間らしく生きるための、ひとつのトレーニングなのだということを、ぜひ理解してほしいと思うのです。