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第1志望校合格は成功の第1歩?

「超問題児」が超難関校に合格…A君の場合

 私のコラムは今回で最後となります。そこで、10年ほど前に私たちの塾を卒業したA君という男の子の話をしましょう。

 A君は幼い頃からお母さんと別居し、お父さんとお祖母(ばあ)さんの3人暮らしという、ちょっと複雑な家庭の子でした。一人っ子で、よくいえば「大切に」、悪くいえば「甘やかされて」育ってきたせいか、生活習慣や学習習慣がまったくついておらず、学校でも塾でもかなりの問題児だったそうです。

 当然、成績もずっと芳しくなかったのですが、どういうわけか、誰も予想もしなかったような「超難関校」であるB校に合格してしまいます。

 しかし不幸なことに、B校を熱望していたのは、A君本人よりもむしろお父さんであり、B校は決してA君に「向いている学校」ではありませんでした。

「偏差値の高い学校」=「自己責任」が求められる学校

 B校は都内でももっとも自由な校風で有名です。しかし生徒の学力レベルは高く、授業の内容も高度。つまり「自分から勉強する子」か、もしくは百歩譲って「親がちゃんと勉強させる子」でなければ、授業についていくのは厳しい。「勉強しなくて落第するのは自己責任」という考え方です。「超難関校」といわれる学校は基本的に同じです。つまり、いつまでも親が勉強の管理をしたり、塾や予備校に通わなければ授業についていけない子は、本来そういう学校に通うべきではないのです。

 A君も最初のうちは学校生活を満喫していたらしいのですが、私たちのような「厳しい塾教師」(笑)が叱っても宿題をやってこないような子でしたから、ちゃんと勉強するはずがありません。A君は1学期の定期試験でいきなり「赤点」(落第点)をとり、お父さんはそのすさまじい成績に真っ青になります。

 お父さんはA君を説教し、自ら勉強を教えたり、家庭教師をつけたりもします。しかしちょうどこの頃がA君の「反抗期」の訪れと重なっていたのでしょう。

 それまでは毎晩お父さんと同じ部屋で一緒に勉強して、布団を並べて寝ていたのが、自分の部屋にこもって夜中までゲームやマンガ三昧。毎日のように遅刻したり、学校をさぼったりするようになりました。勉強が全然わからないから学校に行きたくなくなる。家にいれば毎晩お父さんに怒られるので、余計に反発する。ついには中学2年の終わりに、成績不良で「退学」を命じられます。

転落の日々…新たな仲間との出会い

 お父さんから何度も相談を受けていた私は、別の学校への編入試験を勧めました。偏差値は決して高くはないけれど、とても面倒見のいい学校はいくつもあるからです。編入試験は無事合格しましたが、昼夜が逆転したような生活習慣、勉強嫌い、そして父親に対する反撥心など、いろんなマイナス要素が絡み合って、A君は結局その学校も2年足らずで退学させられることになります。

 その後は「単位制高校」(いろんな事情でふつうに学校に通えなくなった子どもたちが、高校卒業資格をとるための学校)に籍をおきながら、その学校にもほとんど出席せず、アルバイトをしたり、ゲームセンターに入り浸ったりし、父親とは月に一度も口をきかないような毎日を過ごしていました。

 しかし、アルバイト先やゲームセンターで、いろんな大学生やフリーターのゲーム仲間と知り合いになったことが、彼にとっての「転機」となったようです。

 A君は突然お父さんに「C大学のD学部に行きたい」と告白します。しかしそこは新設されたばかりで人気も高く、最初の大学受験は失敗。翌年は「すべり止め」の大学も含めてすべて不合格。まあ、予備校にもほとんど通っていなかったそうですから、受かるはずがありません。

藁にもすがる思い…専門学校へ入学

 A君のお父さんは思い悩んだあげく、藁(わら)にもすがる思いでA君を「E専門学校」の見学に連れて行きます。予想に反して丁寧に対応してくれるスタッフや、作品をプレゼンする実習を見学した際の生徒さんたちの様子にいたく感動し、A君もお父さんも入学を決意しました。

 日本には数えきれないほどたくさんの「専門学校」があります。調理師・美容師・声優・マンガ家など「専門職」になるための学校です。残念ながら、「専門学校」はふつうの「大学」より「下」、つまり「ちゃんと大学に合格できなかった落ちこぼれが通う学校」とみられる傾向があります。別居中のA君のお母さんも「学費は出して上げるから、どこでもいいから大学に通いなさい」と大反対したそうです。

 確かに、せっかく「超難関校」に合格しながら、まともに高校も卒業していない、大学にも合格できない。世間的にみれば「転落の人生」そのものということになるのかも知れません。

「自分のやりたいこと」を見つけた…某一流企業への就職内定

 しかし「E専門学校」は、A君にとってはじめての「本当の自分の居場所」となりました。

 専門学校は入学試験を受けなくても入学できます。そのかわり出席チェックは厳しく、課題もたくさん出されます。週5日、朝から晩まで授業があり、いろいろな「検定試験」も受けさせられる。出席日数が足りないと、就職の斡旋をしてもらえなかったり、退学させられたりもします。大学のように「サークル」とか「コンパ」とかいった楽しいイベントもなく、ときには夜遅くまで課題製作をしたり、企業向けのプレゼンテーションをしたり、かなりハードな日々を過ごさなければなりません。

 しかし、生まれてはじめて「自分のやりたいこと」と「自分を認め、受け入れてくれる場所」を見つけたA君は、それまで4年間近くほとんど学校に行っていなかったのに、E専門学校では3年間以上無欠席を続け、指導教官にも可愛がられました。つい先日「就活解禁」の声を待たずして、彼にとっての第一希望でもあり、就活ランキングの上位に顔を並べる某一流企業への就職が内定しました。

 「まだ就職まで半年以上もあるし、会社に入ったところまではいいものの、また遅刻と欠勤の連続なんてことにならなきゃいいんですが」といいながら、「でも、これでとりあえず、私の子育ても一段落したんですかね……」と、そんなボヤキ口調で「内定報告」にきてくれたA君のお父さんの笑顔を、私は一生忘れないと思います。

成功を喜び、失敗を楽しもう…歩き続ければ必ず夜は明ける

 真面目に受験勉強に取り組み、超難関校を目指している皆さんやご両親にとって、「A君の物語」なんて、「バカじゃないの?」「結局、全部自分のせいじゃん」「親の育て方が悪かったんだよ」とばっさり切り捨てられてしまうようなエピソードかも知れません。

 もちろん私も、「A君の姿は、数年後の君の姿かも知れないよ」などと脅すつもりもありません。A君の物語は、30年以上受験指導をしてきた私の経験からしても、かなりの「レアケース」(稀な事例)ですから。

 でも、これまで「難関校に合格する秘訣」とか「計算力を高める方法」とか、いろんなことを書き続けてきた私の本当のホンネは、実はここにあるということを力説したいと思うのです。

 「人生は糾える縄のごとし」

 幸福と不幸は2本の紐で編んだ縄のように、絡み合っているものだから、「合格したからそれでよし」ではないし、不合格だからそれですべてがオシマイということもない。

 「どんなに暗くても、明けない夜はない」

 「冬きたりなば春遠からじ」

 いまがどんなに辛くても、歩き続ければ必ず夜は明ける、そして春はやってくる。

 そして「楽あれば苦あり。だから受験も子育ても面白い」

 これは私が自分の本にサインを求められたときに、よく書く「名言」(?)です。

 成績があがっても、逆に最下位のクラスに下がっても、

 憧れの中学に合格しても、無念の涙を流しても、

 一流大学に合格しても、「転落の人生」にはまっても、

 一流企業に就職しても、仕事がなくて辛い日々を過ごすことになっても、

 素敵な家庭を築いても、一人ぼっち孤独にさいなまれていても、

 そこで人生が終わるわけじゃない。

 これからまだ何十年と続く長い人生。

 「いろんなことがあったなあ」

 「辛いこともたくさんあったなあ」

 「でも、あのときの喜びは一生忘れないだろうなあ」

 そんな「思い出盛り沢山の人生」を過ごすこと(過ごさせること)が、子育てと教育の究極の目標だと、私は思うのです。たぶんその「盛り沢山の人生」の「第一幕」(野球でいえば「1回表」かな?)が、中学受験なのです。

「逆転大勝利」…本当の意味での「新しいスタート」

 思いもよらぬ「逆転大勝利の第一幕」を勝ち取ったA君は、波瀾万丈の10年間のはてに、とりあえず「ハッピーエンド」っぽい「中間まとめ」を迎えたといえるかも知れません。でもそれはまだ野球の「3回裏の攻防」くらいでしょうか。これから彼がどんな人生を過ごすのかは神のみぞ知るところです。

 ただし「どうせ先のことはわからないのだから、努力するだけムダなのか」なんて決めつけないでください。

 A君もA君のお父さんも、いまは笑顔で「失敗体験談」を語ってくれるけれど、きっと他人には話せないような苦しい日々を過ごしていたに違いありません。目の前の目標にむかって懸命に努力して、それでも報われなかったときに投げやりになることなく、またその次のステップへと進んでいこうとする気持ちがあればこそ、本当の意味での「新しいスタート」をきることができるのですから。

 ちなみに今回のコラムは、A君とA君のお父さんのお許しを得て、主にA君のお父さんから聞いた話を元に書きました。不思議な偶然というのはあるもので、このコラムが掲載されるのはA君の誕生日だそうです。

皆さんの人生の「第一幕」に幸あれ!

 「ヨミウリ・オンライン」の前に「読売ウィークリー」という週刊誌でコラムを担当させていただいて以来、もう7年以上にわたって、私の話を聞いていただく場を与えていただきました。あらためて、心から御礼を申し上げたいと思います。

 A君の誕生日とこれからの人生への祝福、そして読者の皆さんの「第一幕」に幸あれという祈りを込めながら締めくくることにします。ご愛読ありがとうございました。