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テストに強い子、弱い子にはこう対処しよう

「テストに強い子」と「弱い子」がいます。単に本番の緊張に弱いというのではありません。それはある程度「慣れ」でカバーできます。そうではなく、とにかく「テストで点数化される勉強」に向いている子と、ふだんの授業では大活躍するのに、テストではどうしても結果が出せない子がいるのです。

今回はテストに強い子と弱い子、それぞれにどんな中学受験を経験させるべきかを考えてみましょう。

新傾向入試という新しい試み

実は先日、ある大手模試業者が主催する『新入試体験!私立中コラボフェスタ』というイベントに、ゲストコメンテーターとして出演してきました。「新入試」(新傾向入試)というのは、最近多くの私学で実施されはじめた、従来の4教科の学力テストとは異なる入試形式のことです。

例えば「適性検査型」というのは、公立中高一貫校の「適性検査」と同じように、教科の枠組みを超えて、あるテーマに沿って、グラフの読み取りや時事問題への関心や実験方法とその結果などを、記述形式で答えさせるテストです。公立中高一貫校を第一志望とする受験生が併願しやすいように配慮することで、受験生を呼び込もうという狙いもあるのでしょう。「新思考力入試」は、来年から早稲田大学が同じ名称の入試を導入しますが、基本的には適性検査型と同じ方向性と考えていいでしょう。

他にも、英語を試験科目に導入した入試、自分の得意科目だけで受験できる入試、大学のAO入試のような「自己アピール入試」、さらには与えられた課題をレゴブロックで組み立てて、その意図をプレゼンする入試など、興味深い試みがたくさんあります。

こうした新しい試みを進めている私学の先生方が、その目的や手ごたえを報告するシンポジウムの壇上で私に与えられたのは、「新傾向入試と従来型入試に向いている子の違いはあるのか?」というテーマでした。

不遇な小学生生活を過ごしている子はテストに強い

持ち時間があまりなかったので、その場で話したかったことをここで書くことにします。

いま私は4年生と6年生、それぞれ10クラスのうち1組と2組、つまりテストの点数の高い子たちの担任をしていますが、先日「逆上がりができない子?」と質問したら、なんと半数以上の子が手を挙げました。私も「できない子」だったので、「可愛かわいい後輩」が大勢いて嬉うれしかったのですが、私が小学生のころは「できない子」がクラスに1人か2人だったので、ちょっと驚きました(最近の調査結果では、「できる子」は小学6年生全体の7割以下らしいので、これはこれでまた驚きでしたが)。

逆上がりだけじゃなく、「毎週1回プールとかありえないから、絶対にプールのない私学に行く」とか、「給食が食べられない」とか、「学校に友だちがほとんどいない」とか、とにかく「あまり幸せそうじゃない小学生生活」を過ごしている子は「テストに強い」んですね。ずっと最上位をキープする子も大勢いますが、一時期大スランプに陥っても、そこから猛追撃をして、結果的に最難関校に合格する子もいます。

以前、他の大手塾で最上位から最下位近くまで成績が下降し、思い余って6年の夏に転塾してきた生徒は、小学校の先生と折り合いが悪く、前の塾の友だちからは落ちこぼれ呼ばわりされていました。半年で模試の偏差値を20近く上げ、見事に超難関校に合格したのは、「絶対に見返してやる」という執念の賜物たまものといえるでしょう。

他方で、学校大好き・行事大好き、友だちにも恵まれ、毎日暗くなるまで遊んで帰る。運動会やクラブでも大活躍という生徒、いわゆる「リア充」(?)の子どもたちの多くは、塾も大好きで、授業中の反応もいい。読書感想文や自由研究的な課題では素晴らしい才能をみせてくれる。しかしそれがテストの結果にはつながらない。

学年が進み、学習内容が難しくなるにつれて、少しずつクラスが下がっていく。でもそのクラスでもまた友だちに囲まれて楽しく勉強し、希望する学校に進学していきます。ただしこういう子が、あるレベル以上の超難関校に合格するケースは、残念ながら決して多くはありません。

「不遇な」小学生生活を過ごして最難関校に合格する子と、「リア充」のまま受験を終える子のどちらがいいのか。それは長い年月の果てにしか判断できないことですが、少なくとも同じくらいの理解力や知的判断力を備えていると思われる子を比べると、テストの成績や合格した学校の「偏差値」は、「リア充度」に反比例するというのが、私の実感なのです。

「ハングリー」型の子の受験

「不遇な小学生生活」というのは言葉が過ぎたかも知れません。運動は苦手、集団行動は嫌い、成績はいいけれど、それを鼻にかけて他の子を嘲るような態度をとるから、友だちは取り巻き連中だけ……という、一昔前のお受験ドラマの「悪役」みたいな優等生は、少なくとも私の教え子には1人もいません。

ただ彼らの多くは、知的な発達と身体面での成長と心理的な成熟がアンバランスな場合が多いのは確かです。そしていまの小学校は「知的な発達」が突出した子にとっては、決して居心地のよい場所ではありません。

頑張って勉強しているのに、それが正当に評価されないことへの不満。ゆとり教育の時代に制定された学力評価制度では、理解度が高くても「意欲・関心・態度」という観点でマイナス評価を受けることが少なくないし、そもそも小学校では「学力テスト」が実施されることすら稀まれです。

そして何より問題なのは、塾通いや中学受験を目の敵にする教師が、まだ少なからずいることです。6年生の夏休みの宿題に計算ドリル1冊。受験生なら数秒で暗算できる問題でも、ちゃんと筆算して、筆算の横棒はきちんと定規で書かなければならないとか。

「学校の勉強なんて簡単すぎて超退屈」などと口にしてしまう生徒や、学校行事より塾の都合を優先させろと身勝手なことを言う親とか、児童同士のいさかいとか、いろいろと腹立ちの原因はあるでしょうが、頑張って自らに人生を切り開いていこうとしている受験生本人に、嫌がらせとしか思えないような対応をするのは、教育に携わるオトナとして論外だと思います。「学校生活優先」は建前としては正論かも知れませんが、中学や高校ではむしろ学校側が高校受験や大学受験のための指導や応援をするのが当たり前じゃないですか。

だから彼らは、塾こそが自分の居場所だと感じ、塾のなかで友だちや我々教師、そして両親から認めてもらいたいと思う。テストの成績とクラス移動と、そして最終的にはどの学校に合格するのかが、自分にとっての最大の評価基準だと考える。テレビやマンガやゲームの話題しかない学校の同級生より、同じ目標をもった仲間と一緒に過ごしたいと思う。その度合いの強い子が「テストに強い」子なのです。

スポーツとか芸術・科学、たぶんビジネスの世界でも同じでしょう。「いまの自分」ではなく「これからの自分」のために、いろんなものを捨ててでも、目標のために努力を惜しまない。それは決して「不遇」で、歪ゆがんだ姿だとは思いません。むしろ彼らは、塾と受験という「リアル」のなかで充実した日々を過ごしているというべきなのかも知れません。

彼らに対して親ができることは、健康管理とアシスト。そして適度に息抜きの時間を作ってあげることだけでしょう。彼らなら大丈夫。結果的に第1志望に合格できなくても、また次の目標に向かって歩いていけるはずです。むしろ心配なのは首尾よく合格したあとのほうですが、これはまた別の機会に譲りましょう。

「リア充」の子はどんな受験を目指すべきか?

逆に「リア充」の子は、自分の居場所がたくさんあり、自分が活躍できるチャンス、自分を認めてくれる人が大勢いる。彼らだって、難関校を目指し、いい点数をとりたいと思っているのでしょうが、やっぱりどこか「執念」とか「ハングリーさ」が感じられないのですね。

かといって、何が何でもわが子を超難関校に進学させるために、小学生生活が楽しくなくなるようにする?そんな方法はないでしょう。近所の友だちとは遊ばせず、毎日塾と個別指導、家では両親か家庭教師が張り付いて勉強漬けにするとか?でも「学校や友だちが大好き」な子を無理やり塾漬け・勉強漬けにしても、それは「親から押し付けられたもの」であって、彼らが自ら「自分の居場所」を見出みいだしたわけではありません。仮にそれで最難関校に合格したら……。実はこれが中学受験のなかで最悪のシナリオだと、私は思います。

ではどうすれば彼ら自身が「塾」を自分にとって一番の居場所と感じるようになるか、どうすればテストの成績を「肯定的自己感情」の核にすることができるのか。それは幼児期の過ごし方とか、家族構成とか、小学校でどんな経験をし、どの塾でどんな出会いがあるのかとか、さらには一人ひとりの知的・身体的・感情的な成長のリズムによってもさまざまです。少なくとも、すでにあと数か月後に受験を迎える段階で、「あのときこうしていれば」と思い悩んでも仕方ありません。

学校も塾も大好き、でもテストのための勉強とか暗記とかは嫌いという子にとって、選択肢の一つは公立一貫校でしょう。たぶんそういう子は通知表もいいはずだし、実際、都立一貫校に進学した子はほとんどがこのタイプでした。

しかし都内の公立一貫校の倍率は5~8倍ですし、1校しか受験できません。つまりリスクが高いのです。「リア充」型なのだから、区立中学に進学して高校受験でも大丈夫……、とも言い切れません。なぜなら小学校と区立中学では「リアル」の質が違うし、成長するにつれ、いつまでも「良い子」のままでいるとは限らない。おまけに高校受験こそ「暗記重視型」の傾向が強く、受験の成否の半分は内申点で決まるため、決して楽しいとはいえない「定期テスト対策・内申点対策」の3年間を過ごさなければなりません。

そこで私が期待するのが、私学による「新傾向入試」なのです。

学習意欲はあるけれど、ハングリーさはない。好きなことはとことん熱中するけれど、暗記を強制されるのはいや。得意科目と苦手科目の差が極端。こういう子は、4教科のテストの合計得点ではパッとしないけど、ものすごく伸びる資質をもっているケースが多い。だから新傾向入試は、こういう「リア充」型でテスト戦闘力の低い子に向いているし、そういう子を合格させて思い切り伸ばしてあげてほしい……。これがシンポジウムで私が言いたかったことなのですが(やっと話がここに戻ってきました)、持ち時間3分でこの長~い話を披露するのはちょっと無理でしたね。

新傾向入試だと、基礎学力のない子が入学してきて教育現場が混乱するのではないか、といった批判もあるでしょうが、私学側は定員の一部を新傾向入試、残りを従来型入試というように割り振り、発想力とか表現力の豊かな子と、こつこつ努力型の子を一つのクラスのなかに並存させることでお互いに刺激を与え合う。と同時に、基礎学力に関しては、到達度別の分割授業や補習でフォローするといった戦略を練っているようです。

少なくとも「大手模試の偏差値」で学校の格付けが決まってしまうような状況を打破するためにも、私は新傾向入試を応援したいと思っています。既にほとんどの大学では、そうした流れが始まっているのですから。

では、ハングリーでもリア充でもない子は?

「ウチの子は運動も苦手だけどテストも苦手。どっちでもない子はどうすればいいの?」

いえいえ、ハングリーかリア充かというのは、同じくらいの理解力があるのに、なぜテストに強い子と弱い子がいるのかという疑問に対して無理やりこじつけただけですから。

たとえば「リア充度50・テスト戦闘力30」みたいな子には、「熱望型」の入試をお勧めします。入試回数が3回以上あり、出題傾向がはっきりしている学校は、確実な押さえの併願校を1校受験し、あとは同じ学校を受け続ける。目標がはっきりしていれば、偏差値だけを信用してあれこれと「目移り受験」をする子より、確実に合格可能性は上がります。

「リア充」といってもさまざまで、学校生活を満喫しているのではなく、いつまでも「ママべったり」で、部屋でマンガやゲームに囲まれた「リアル」(というよりバーチャルかな?)に満足している子は「不退転型」。これは地方の全寮制の学校を第2志望にして、第1志望が駄目なら親元から離す覚悟をする受験です。この作戦が大当たりした教え子は何人もいるので、オススメです。

ただ、子どもの性格なんて、受験という大きな試練を経験すれば、否応なしに変化・成長していくものですから、「ウチの子は何型?」みたいに安直に決め付けないでください。長々とお話ししてきましたが、実は結論はただひとつ。子どもの学力(潜在的な可能性を含めて)も、学校の良し悪あしも、決して単一の尺度では測れないということだけなのです。

のこり2か月余り。先入見にとらわれず、いろいろな学校とさまざまな入試形式をよくリサーチし、わが子の力を一番評価してくれる学校、そしこれから6年かけて一番伸ばしてくれる学校を探すこと。そして最後にたどりついた学校こそがわが子にとって最高の学校と信じて、あとはひたすら「テスト戦闘力」を上げることだけに専念しましょう。