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塾通いを「部活」のように楽しんでほしい

始発で入試激励、満員電車で立ったまま爆睡

1月14日、日曜日。とにかく寒い日だったことは覚えています。

今年はカレンダーの都合上、冬期講習の翌日から6年の特訓、4・5年の通常授業、その翌日は埼玉入試の早朝激励という、かなりハードなスケジュールが続いていました。そして1月14日は担当クラスの女子の半数以上が受験する、浦和明の星の入試激励。

始発で試験会場に向かい、現地到着から最後の教え子がやってくるまで2時間近く、吹きっさらしの公園に立ち続け、そこから新4年生の保護者会会場に移動してスピーチをし、その後は午後1時から10時まで特訓という、「塾教師残酷物語」みたいな一日でした。

ふだんの保護者会では事前にパワーポイント資料を用意し、前日の夜には話の骨子をメモしておきます。しかしこの日の保護者会は、資料を作る余裕もなく、とにかく寝坊して激励に遅刻しないことだけを考えて、それでも眠りについたのは午前2時くらいだったでしょうか。

無事全員の激励を終え、満員電車のなかで立ったまま爆睡し、なんとか自分の出番の30分前に会場近くの駅に着いて、ふと我に返りました。「きょうは、何の話をすればいいんだろう?」

痛いほどわかる「進学塾」に子を通わせる親の思い

出席者は2月から入塾する生徒約80人と、3年生から「進級」する生徒約120人の保護者。まだ新学期は始まっていないので、新入塾の保護者は「ウチの子、学校でも引っ込み思案だから、ちゃんと授業についていけるのかしら」とか「『中学受験は親が9割』なんて聞いているけど、私は仕事もあるし、下の子はまだ保育園だし、ちゃんと受験生の母親のつとめを果たせるのかしら」などと、不安を抱えています。3年生からの進級組にしても、これからは週1日2教科の通塾が週3日4教科に変わり、月例テストによるクラス移動も行われる、まさに本格的な受験勉強のスタートですから、やっぱり「ウチの子、大丈夫かしら。落ちこぼれたらどうしよう?」と、不安で仕方ない。

他方でマスコミやママ友たちの情報から、「受験に失敗した家庭の悲惨な末路」みたいな話だけはふんだんに入手している。

「塾代は年100万円を超えていましたが、『もうあとには引けない』という気持ちで個別指導を追加して……」

「こんなにお金をかけているんだから、『絶対にモトをとってやる』と必死でした。それなのにこんな……」

「『ボクが頑張らなかったから、お母さんをこんなに悲しませているんだ。ボクはダメな子なんだ』って、息子は部屋に閉じこもって出てきません」

「全滅して子どもの前で泣き通しです。死んでもいいですか?」

こんな文章を、女性誌の記事やネットの掲示板でみかけたこともあります。

これから3年間、塾に通わせるだけでも大変なのに、あげくのはてに受験に失敗したらどうしよう?

その気持ちは、痛いほどわかります。

勉強漬けの夏合宿、でもずっと続けたい……

会場に入ると、すでに他のスタッフが「今後のスケジュール」や「家庭学習の仕方」「教科ごとのポイント」などを話し終え、会は終幕に近づいていました。 

「では最後に、塾長の後藤よりご挨拶をさせていただきます」という司会の紹介を受けて壇上に上がると、会場内に緊張感が走ったような気がしました。出席者の大半は「入塾説明会」のときの短いスピーチを除けば、私の話を聴くのは初めてなので、「いよいよ塾長先生のお話だ。襟を正して真剣に聞かなければ」なんて思ったのでしょうか。

私は、駅から会場までの道を歩きながら、ふと思い立ったことを話し始めました。

「これから3年間、長い道のりです。でも塾通いなんて『部活』みたいなものだと思って、子どもたちと私たちといっしょに楽しんでいきましょう」

なぜいきなり塾通いを部活に例えようと思いついたのか。たぶん数日前に平田オリザさんの『幕が上がる』という高校演劇を舞台にした小説を読んで、いたく感動したからだと思います。でも、自分でいうのも変な話ですが、実際に口にしてみると「いい得て妙」みたいな気がしてきました。

「朝から学校に通い、夜は塾に通って勉強する。日曜日にはテストや特訓もある。幼いうちから勉強ばかりさせてかわいそうだとか、ちゃんとついていけるのだろうかとお思いの方もいらっしゃるでしょう。部活も同じです。朝から授業を受けたあと、暗くなるまで練習。大会が近づけば朝練があったり、日曜や祝日も朝から練習に明け暮れたり。会社でいえば残業・早出・休日出勤の連続。まるで『ブラック企業』ですね。

でも、部活に熱中する中高生も、塾に通う子どもたちも、自分から進んで、そんな大変な日々を過ごしているんです。6年生にもなれば授業時間も長くなるし、宿題の量も半端じゃない。でも子どもたちは『風邪をひいて学校を休んでも、塾にだけは行く』といいます。逆に私たちのほうが不思議に思って、『だって勉強、大変だろ?重いカバンを背負って、電車で通うの、辛つらくない?』と尋ねると、「何をバカなことを聞くんだ?」といった表情で答えました。『だって塾にいるときが、一番楽しいんだもん』」

なかでも5・6年生対象の3泊4日の夏合宿は、初日の午前10時から4日目の夕方まで一歩もホテルから外に出ることなく、連日朝6時から夜10時まで食事と睡眠以外はずっと授業という過酷な試練なのですが、3日目の夜に「明日からももっと合宿を続けたい人?」と聞くと、去年は50人弱の生徒のなかで「家に帰りたい」と答えたのは1人だけでした。そして、その理由はなんと「金魚とカメの水槽の掃除をしたいから」(妹に任せておくのが心配なのだそうです)。「何としても志望校に合格したいから」なんていう悲壮感に溢あふれた決意表明ではなく、本気で「夏休みじゅう、ずっと合宿だったらいいのに」と口をそろえて答えてくれました。

異年齢集団のもつ「教育力」

さらに、こんなエピソードを交えながら、保護者への話を続けました。

「卒業生に『中高6年間の一番の思い出は何?』と聞くと、ほとんどは『部活』か『文化祭』『体育祭』です。文化祭も基本的には部活動の一環ですから、『部活』がどれだけ彼らの青春のなかで大きな意味を占めているのかがわかります。もちろん中学に入学してからすぐに予備校通いを始め、部活は『帰宅部』という子もいますが、どの私学の先生に聞いても『部活を頑張った子は大学進学実績もいいし、社会に出てからも活躍しているケースが圧倒的に多い』という答えが返ってきます。

なぜ、部活体験が大切なのでしょうか。それは『思春期の発達課題』にぴったり適合しているからです。

第一に、部活は『やめようと思えば、いつでもやめることができる』。苦しいことも辛いこともたくさんあるでしょう。いろんな失敗や挫折の経験もあるはずです。それでも自分の意志で最後までやり続けられたことが、大きな達成感と人格的な成長のきっかけとなるのです。

第二に、『同じ目標に向けて苦労を共にする仲間や先輩と出会える』こと。中学入試の国語の問題では、『部活』を舞台とした小説が出題されることが多いのですが、たしかにこのジャンルの小説には、大人が読んでも泣ける名作がたくさんあります(ちなみに『幕が上がる』も今年の早稲田中で出題されました)。中1から高3まで5年の年齢差がある集団のなかで、仲間と力をあわせたり、競い合ったり、先輩に憧れたり、後輩の面倒をみたりできる。合宿で同じ釜のメシを食べることも、声を枯らして先輩の試合の応援をすることも、かけがえのない体験でしょう。それこそが中高一貫校の最大のメリットだと思っています」

実はこの2点は、塾通いにも共通しています。やめようと思えば、いつでもやめることができる。別に受験しなくても、地元の中学に進学すればいい。だからこそ「通い続けられたこと」が大きな財産になる。

「同じ目標をもった仲間といっしょに勉強できたから、最後まで頑張ることができました」。多くの卒塾生が受験後のアンケートでこう答えてくれます。「異年齢集団」の接触はそれほど多くありませんが、それでも毎月のように入れ代わり立ち代わり制服姿の卒業生が「後輩の激励」に来てくれるのを、6年生は楽しみにしていますし、同じ小学校の先輩の姿をみて、「同じ学校に行きたい」と憧れるケースも少なくありません。

部活や塾通いで得られる、限りない「経験値」と「思い出」

そして一番大切なのは、「部活は、勝利することが目的ではない」ということです。

甲子園に出場し、プロ野球選手になることを目指しているというような特殊なケースを除けば、ほとんどの中高生は、それが自分の将来の夢や人生設計に役立つと思って部活に熱中しているわけではありません。

もちろん誰だって試合に勝ちたい、全国大会に出場したい、いやその前にまずレギュラーになりたいという「目標」はもっているでしょうが、3年間頑張って、ずっと球拾いとキャッチボールと試合の応援だけだったという子もいるはずです。でも、下手くそなりに練習に熱中し、炎天下で汗を流し続けた我が子の姿をみて、「道具代とか合宿費用とか、モトのとれないムダな金を使わせやがって」と思いますか?

その点では部活と塾通いはちょっとだけ違います。塾通いには「志望校合格」という明確な目標があるからです。でも、「志望校に合格できなかったからムダだった」「時間と労力の浪費だった」とは私たちは思いません。そんな思いを保護者や子どもたちにしてほしくありません。だって「塾通いと中学受験の本当の目的は、子どもたちが大きな試練に挑むことで、人間的に成長すること」なのだから。「ここまで塾代をつぎ込んだのに、あとにはひけない」とか「絶対モトをとってやる」などという発想は、せっかく子どもたちが積み上げてきた経験値や、手に入れた思い出を、全部ゼロにする、いやマイナスにさえしかねません。だから私は、「塾通いは部活みたいなものだ」(と思いなさい)と話したのです。

部活や塾通いで得られる「経験値」や「思い出」は、書き出せばキリがありません。

仲間や先輩、ライバルや指導者との出会い。

人生においてどんな意味があるのかはわからないけれど、とにかくバカみたいに夢中になれた時間。

「勉強もちゃんとしろよ」といいながら、懸命に応援し続けてくれた父親。

「次のテストでリベンジすればいいじゃないか」と、クラス落ちを慰めてくれたお父さん。

大きな弁当を作り、毎日ユニホームを洗濯してくれた母親。

毎日夜遅く、塾まで迎えに来てくれたお母さん。

そんな両親への感謝の気持ち。もちろんたくさんケンカもするだろうけれど、それも大切な思い出。

目標に向かって努力することの大切さを知る。

いよいよ本番を迎えたときの緊張感を経験する。

そして、その緊張をほぐしてくれた友だちの大切さに気づく。

子どもたちはいいます。「塾は第二の家みたいな場所だった」と。

「部活命」の中高生にとっては、きっと汗くさい部室が「第二の家」なのではないでしょうか。

そのすべてが、部活や塾通いを通して得られる最高の宝物だと、私は思います。

最後に私は、その日の早朝激励の話をしました。

「きょう受験した十数人の教え子たちも、つい3年前は皆さんのお子さんと同じ3年生。椅子に座っても足が床に届かず、足をぶらぶらさせ、ちょっぴり不安そうな顔をしている子もいました。今朝ももちろん緊張もし、不安も抱いていたでしょう。でも同じクラスの仲間といっしょになって、笑顔で『行ってきま~す』と校門をくぐって試験会場に向かっていった後ろ姿をみて、『よくここまで頑張ってきたな。ずいぶんと逞たくましくなったな』という思いで胸がいっぱいになりました。

これから3年間、いろんなことがあると思います。本当に長い道のりです。でも、だからこそ、せっかくの貴重な3年間をいっしょに楽しむ気持ちを忘れないでください。そして少しずつ、でも着実に成長していく子どもたちの姿を、笑顔で応援し、見守っていきましょう」

読者の皆さんのお子さんにとっても、残り何年かの塾通いが、「一生忘れられない青春の思い出」みたいな「部活」になるといいですね。